| 日時: | 1999年9月28日(火) 午後6時30分〜 |
| 会場: | 銀座ソニービル8階 ソミドホール |
| パネリスト: | 白井智子(ドリームプラネットインターナショナルスクール校長) 炭谷俊樹(ラーンネットグローバルスクール代表) 寺脇 研(文部省大臣官房政策課長) 宮台真司(東京都立大学人文学部社会学科助教授) |
岡田:今日のパネラーの方の紹介につきましては時間の関係でお配りした資料をごらんいただき省略させていただきます。それぞれの現場ではりきってやっておられる方々を今日のために日本各地から来ていただきました。構想日本としてははりきってオーガナイズしたフォーラムであります。宮台先生にコーディネーター的な役割もかねていただいて早速始めたいと思います。
宮台:90年代に入ってから若い人たちを巡るさまざまな現象が取りざたされてきました。ブルセラ、援助交際、酒鬼薔薇少年、麻薬、あるいは家出ではないが家に帰らないという現象、そして学級崩壊。それともうひとつショッキングな問題は文部省の調査によると大学生の学力低下がきわめて著しく、分数もできない大学生がいるということが報告されています。教育というのは、専門家だけではなく、誰もが教育を受けてきた経験がありますから、教育に関する恨みつらみも含めてさまざまな思い出や意見を持っているわけです。今回は波紋を起すつもりで話ができればいいなと思っています。まず最初にパネラーの方にひとりずつコメントしていただきます。最初に白井さんからどうぞ。
白井:私がどうして沖縄でドリーム・プラネット・インターナショナル・スクールという学校を開くまでになったか。まさにこれは私の原体験からの帰結でした。私は4 歳から8歳までオーストラリアで育ちまして、日本に戻って来て転入学した時に学校が暗いことにびっくりしました。私が育ったオーストラリアは移民の国ですごくのびのびとしてなんでもありの世界でした。いろんな価値観があってあたりまえ。それがこちらに帰ってくると何となく暗い。一番つらかったのは何かというと先生が「勉強ができる、できない」の一点で生徒を判断することです。オーストラリアでしたらコメントシートというのが通信簿代わりに配られて、この子は勉強はできるけれど、ここはこうだというふうにいろんなコメントが出てくるわけです。別に勉強ができなくても、スポーツが下手でもかまわない。素直というだけでもよい。その性質を伸ばしなさい、というのだってあるのです。ところが日本では勉強できないと殴ったりけられたりする。私は勉強が好きな子で要領がよかったのですが、周りの子が殴られているのがすごくつらかった。その子はすごく良い性格なのにどうして先生はそこを見てあげないのだろう、ということが私の疑問でした。日本というところは勉強ができない子は幸せになれないシステムなのかな、と漠然と疑問を抱えたまま大きくなりました。
東大に入りましたが、そこはすごく勉強ができる人が集まる大学でした。しかし、見たところ、勉強できる人が幸せになっているかというとどうもそうではないことに気づきました。つまり彼らはずっと詰め込み教育をやらされてきたので、就職活動の段になっても、自分はいったい何をやりたいのかということが出てこない。でも、俺は成績がいいから、じゃあ大蔵省でも行ってみるかといって大蔵省に入ってしまう。私はびっくりして、ああ、ここはこういう国なんだなと思いました。
卒業して2、3年経つと私のところにかつての同級生からいろいろ電話がかかって来ました。たとえば大蔵省や日本銀行に入った人が、それなりに日本経済のために役に立とうと思って入ったのだけれども、実際に入ってみたら日本経済のためではなくて日本銀行のコマに過ぎなかったというのです。つらくなって私のところに「あなたは何か面白そうなことをやっていていいですね」と言ってくるんですけど、そのときにはもう救いようがないんです。すっかりブランド志向になっていて、日銀やめたら次のところはやっぱりブランドだし、何も身についていない。悩み相談を受けていて切なかったですね。ということで勉強できる人も幸せになっていない。
私がその頃一番感じたことは、小さい頃すごくいい顔をしていた子供たちがだんだん先生に殴られて顔が暗くなっていく、その子達をなんとかしたいということでした。でも何をどうしたらいいかわからない。私は政策的に教育問題を何とかしたいと考えていたので、政治家のタマゴの育成元のような松下政経塾というところに入りました。ここは世界でも珍しくお金と時間をあげるからどこへでも行ってきなさい、とにかく世の中の役に立てばいいというおおらかな組織です。私は政策を考えるにはとにかく現場を見て回ることだと考え、いろいろな学校を国内外あわせて100校近くまわりました。その中で一番私にとって勉強になったのが、ある公立の小学校でした。私は体験入学するために小学5年生に化けてそこに転校生として入り込んだのです。23歳の私が、シライ・トモコ10歳、オーストラリアからの転校生というふれこみです。 いざ、クラスに混じると、子供たちの間で「でかい、でかい」と大騒ぎになりました。校長先生はじめ担任の先生ものりのいい方で「こいつはオーストラリアでステーキばっかり食べていたからこんなにでっかくなっちゃったんだ」と大嘘をついて2ヶ月間本当に「トモチャン、トモチャン」と呼んで子供としてあつかってくれました。子供たちの間で「クラスの中で誰が好き」という恋の話になったとき、私は「みんな好きよ」とつい大人ふうの言い方をしてしまったので「やっぱりこいつは大人だ」ということになってしまいました。クラスメートというのは面白いもので、あいつ大人なのじゃないかとどこかで疑っていてもやっぱりクラスメートとして接してくれるし、そこから外れた行動をするとすごく怒ります。職員会議に出ていたところに見つかってしまい、皆すごく激怒して「あんた子供なのに何であんなところにいたの」とさんざんしぼられました。
こういう自分が子供になりきるという体験はとっても勉強になりました。子供ってやっぱり「わかっているんだ」ということがよくわかりました。大人が言っていることとやっていることとは違うではないかと子供たちは全部見抜いています。だから強く批判したいのだけど、子供だから表現力がないし、言葉で伝えることができない。それで積もり積もって、「キレる」という現象が起こってくるのだなということもよくわかりました。
こうしてあちこちの学校を、当初、政策的にどういうふうに子どもたちの役にたてるのかという目的意識で回っていたのが、そのうちに本当に自分がつらくてつらくてたまらなくなってしまったんです。素晴らしい学校がある一方で子供たちが暗い顔をして通っている学校が少なくありません。たとえばある学校で放課後、泣きながらピアニカの練習している子がいました。ピアニカを吹くのが得意な子もいれば、不得意な子もいます。不得手の子は放課後、泣きながら練習をさせられるんです。こうして彼らはどんどん学校嫌いになっていく。私からみるとなんでピアニカが吹けなきゃいけないの、ピアニカを吹けないことが社会に出てそんなに困ることなの、と思うんです。そういうことに気づいたらつらくてしかたがなくなった。私は単なる研習生ですから、してやれることといったらとにかくその子に毎日笑いかけてあげることと話相手になってあげることしかできないんです。その中で私を求めてくる子供が出てきます。そうすると、ますます現場にいたいという思いが強くなってきました。もちろん事を行うには、役割分担というものがあって、政治家に向いている人もいれば文部官僚に向いている方もいるし、いろんな役割があると思うのですが、私の場合には現場にいたいという思いが強くなった。では、公立の学校の現場に私が行けるかというといけないんです。公立の学校の先生の悩みをたくさん聞きました。学校の中にいるとおかしいと思うことがいっぱいある。でもやっぱり学校の方針に合わせなければいけない。私たちは中にいると変えられないことがいっぱいあるから、あなたは外から変えてくださいと言われました。
私は普通の学校の現場に入っていってそこで何かを変えようとするには背負っているものが大きすぎると思うようになりました。
去年の三月、それならば、自分が学校を創れば全部問題は解決するではないか、と気づきました。そこで早速全国行脚をはじめました。どうやって学校を創ったらいいかとうことを知るためには、学校を創った方がどうやってそれを創ったかを聞いて歩けばいいと思ったのです。こうして「学校を創ります」と宣言してから1ヶ月で沖縄アクターズスクールの校長であるマキノ正幸さんという人に出会いました。彼と考えていたことが全く一緒だったので完全に意気投合しました。すぐ沖縄に飛んで学校の近くに住み着きました。現場に入ってびっくりしたのは例えば「あいうえお」、算数セットの使い方などは私が習った15年前と全く変わっていないんです。ところが子供たちの方が気づいていました。算数セットの使い方なんか憶えてどうして社会に出て役立つのか。それよりもっとやりたいことがいっぱいある、英語をやりたい。コンピュータをやりたい、と。やりたいことだったら子供だって好きなことには熱中できるんです。自分の夢を追いかけるのなら、いやな事だって必要だと思ったらできる。「これをとにかく勉強しなさい」というものはもちろんあります。ひらがなとか漢字とか計算などは最低限できないといけない。しかしそういうものは、例えばダンスがやりたい、歌がやりたいと必死で自分の才能を追っていく中に絶対に入ってきます。国語も算数も理科も社会もです。自分のやりたい事をやるためにははそういうことも知らないといけないことに気づくから、自分のやりたいことの中にはめ込んでいくんです。私と彼とはそういう学校を作りたいという理念が全く一致したので、1年で学校を創り、4月に開校しました。この間に起こったトラブルについては後でお話します。
私は教育って何だろうと考えたとき、それはコミュニケーションだと思ったのです。それが私の原点でした。うちの学校では例えば人にやさしくすること、人を思いやること、人の気持ちがわかることというのを一番大事にしています。それができる子が一番偉い。うちでは成績をつけませんから勉強ができる子が偉いということはない。人格をとにかく磨いていく。自分の好きなこと、そのために自分は生きていくんだ、と熱中できるものを見つけてきなさいと教えます。すると子供って必死になってきます。それはすごくつらいことです。私たちができるだけ手出しないで自分の好きな事を見つけ、自分の環境も自分で作っていくということは。例えばバレエをやりたいという子が出た場合、うちにはバレエスタジオなんかありません。バーもない。うちはお金がなく、株式会社で補助金ももらっていないし、月謝も3万円で本当にないないづくしなんです。それで「お金がないない」と子供たちにはずっと言っています。そういう中でどうやって自分の環境を作っていくかということを子供たちが必死で探ってくわけです。さきほどのバーを買たいというとき、それがいくらかかるか全部見積書も企画書も私のところに出させます。それでOKを出すと子供が自分たちで購入から管理までやっていきます。相手にとって失礼ではない場合は全部電話をかけることから、商品を見に行くことまで全部子供にやらせます。彼らが社会に出た場合、自分で自分のする仕事を作らねばいけません。それを最後まで全うしなければいけません。そういう時のためにも子供の中にやらせるのです。あんたが責任者になった場合、それを自分がやらなかったら絶対に皆に迷惑をかけるのよ、135人全部が迷惑をこうむるのよ、と言いますから彼らは必死でやります。
彼らの才能を伸ばすと言いましたが、伸ばすということが私の役割なのではなくて、才能を見つけ出してぽんと押してやるだけなんです。面白いもので才能をもっている子はそれだけで勝手にやっていきます。下手に先生をつけないほうがいい。「あんただったらやっていけるよ」とポンと肩を押してやる。すると子供って自分で勝手に伸びて行きます。茶髪だからこの子はだめだとか、この子はすごく感性が鋭どすぎてつっぱっているなどと否定的に扱われて自信を失っている子がとても多いのですが、「あんたが自分で思っているよりぜんぜんあんたは大丈夫だよ。心配しないで自分でやってごらんよ」と言うだけで面白いぐらい彼らは伸びていきます。鳥みたいな七色の頭をした子供がリーダーをやっています。彼は非行のリーダーくらいしかやることがなかったのですが、「それでもリーダーをやっていたのはリーダーシップの才能があったからだよ。今度はそれをみんなの役に立ててごらんよ」と言うだけでいいんです。「あんたの良さはこれなんだよ」と言ってあげるだけで子供の顔ってここまで変わるものかと思うほど変わります。
こうしてわずか三ヶ月の間に子供たちの意識が変わってきました。今は私が135人全員の担任という形でやっていますが、教育の中で育ってきたスタッフも子供の中に放り込んでやらせています。優れた者を選んだつもりですが、やはりどうしても彼らは「先生」になってしまいます。自分の言葉で語る訓練が足りなかったと思うんですが、例えばミーティングなどで「俺が言ったことを聞けよ」というような言い方になってしまう。自分ではそういうつもりはないんだけど子供から聴くとそういう言われ方に感じ取られてしまう。できるだけ先生経験のない者を選んだのですが、「先生」というイメージが出来上がって「先生」になってしまう。そうすると面白いもので子供たちの方が感性が鋭いものですからすぐ気づいてしまう。私がミーティングを見ていて「あんたちょっと先生っぽくなっているよ」と指摘すると、その日のうちに子供達が飛んできて「あの人こんな事を言っていた。この学校の理念とは違うんじゃないの」と言うんです。
私は開校してから自分の特殊な体質に気づきました。というのは、学校に行って子供に会ったとたんに彼らを100%愛しちゃうんです。大体1、2時間一緒に話しているとこの子は何を考えていて、こういうふうになっていくのだなということが大体見えてしまう。開校してはじめての日にスタッフから「校長が何であんなに子供を理解できるのかわからない」という声が出たくらいです。それで私も担任をもって、授業も経営も全部やって子供たちの涙とも全部付き合って2ヶ月間本当に血みどろになってやりました。彼らが、今まで学校の中でもやもやと感じていたものに私は言葉を与えていきました。「あんたたちが考えていたことってこういうことなんだよ。こういうふうに考えれば多分全部解決するよ」と言ったら全部解決して行ったのです。毎日全員がミーティングをして今の問題はこれこれこうだからこういうふうに解決していこうと全部取り出して見せました。私の言ったことが新鮮だったことと自分たちのもやもやしていたものが多分ぴったり合ったということなのでしょうね。もやもやがなくなって今度は自分たちの言葉として語れるようになってきた。最近では寮で私のいないところでミーティングをしていても「多分うちの学校の考え方はこうだよ」と代弁してくれる子供が出てきました。大人のスタッフより子供の方が感性が鋭い分だけ変わるのが早いです。まだ学校は3ヶ月経ったばかりで発展途上です。私が全部カウンセリングをやって子供たちが今までの教育の中で否定されてマイナスだったところを今やっとゼロにもって来たという状態です。これからどんなふうにプラスにもって行くか、本当に私と子供たちとで楽しく作っていこうと思っています。
好きなことをさせると言うと必ず「子供時代に苦労させなくていいんですか」と言う大人がいます。しかし、好きなことを追求していくということはつらいんですよ。決して楽ではない。それを一緒になってどう乗り越えていくか。人のために自分の才能をどうやって役に立てていくかというところで子供たちがどんどん成長していきますので、私の教育理念は確信に変わりました。楽しみに見ていてください。炭谷:私は普通の日本の教育を受けて育ちました。ただ92年から94年、32歳から34歳の時に家族と一緒にデンマークに住みました。そのときに目からうろこが落ちるような経験をしました。帰国してからは神戸でラーンネット・グローバル・スクールというのを作って4年目になります。そのことをお話します。
私は25歳から35歳まで経営コンサルティング会社で得意先企業の経営のお手伝いをしておりました。相手の会社経営の問題点を指摘して改善方法を提案する仕事です。日本の企業とデンマークの企業の両方でそれをやり、あらゆる階層のビジネスマンと接触しました。
デンマークで私が住んでいた家には500坪の土地がありました。それが日本でいうと80平米のマンションを買うぐらいの値段で買えます。首都のコペンハーゲンから20分くらいの非常に便利な場所でありながら、森の中にあってリスやタヌキが遊びに来ます。こういう豊かの環境の中にデンマークの方たちは生活しています。彼らは人柄がいいというか、他人と自分を比べて俺の方が偉いぞとか、勉強ができるぞとか金持ちだとか、というような発想や態度は全然なくて、人それぞれが分に安んじた生活を楽しんでいるという非常に気持ちのいい国です。私を含めて日本人はいやな思いひとつしたことがないと皆言います。犯罪もほとんどありません。
教育について言いますと、競争がない、受験戦争がない、塾がない、テストがない、学校を選択できる。学校が合わなければ他の学校に移るのも簡単です。「今の学校に不満があるから私たちで学校を作りましょう」と言うことさえできるのです。100年間かけて教育改革をずっと進めてきた国ですので、すぐそれを日本でまねできるとは思いませんが、非常にユニークな教育システムをしてきた国です。のんびりとしていて、競争がなくて、みんな4時になったら仕事を止めて帰って家族とゆっくり団欒のときをを過ごす。私は最初、この人たちはやる気がないのではないかなと勘違いしたくらいです。日本ではみんな必死になって競争して偉くなろう偉くなろうと遅くまで働きますが、彼らは4時に帰ってしまう。だが、彼らは大変優秀なんです。仕事がものすごく良くできる。われわれ日本人は受験戦争、出世競争で血みどろになっているのに、これはどっかおかしいのではないかと非常に気になりました。いろいろ探っていくと、この国の特に小学校ぐらいの教育が大変すばらしいということがわかってきました。白井さんがおっしゃったようにひとりひとりの中にあるすばらしい素質を生かすという発想があります。例えばおとなしい子だったらおとなしいことは悪いことではなく、それはまず人を観察してじっくり考えてから行動するタイプであるというふうに理解します。やんちゃな子だったらその子はまず行動して、それで何か体験して感じてそれから考えるタイプだと考える。ひとりひとり行動パターン、スタイルが違う、それぞれすばらしいものをもっているという発想が先生と学校にあるのです。私の子供も異国の地でプレッシャーを感じて大変だったと思うんですけれども、先生が非常に子供の事を認めてくれるものですからどんどん積極的になって1年経ったらクラスの人気者になってしまい、大変感動しました。後からわかったことですが、デンマーク語で教育を意味する言葉を「オプルスニン」と言うんですが、光をともす、光で照らすという意味です。ひとりひとりが自分の中に明かりをともす。自分の良い点や自信のあることなどを自分の心の中にもち、それでもって人を照らす。場合によっては人の中にある光を見つける。お互いを照らしあって影響を受けあって共に成長していく、そういう言葉なんです。こういった言葉を毎日聞いて育っているからああいうすばらしい教育ができたのだなと大変感心し、いろいろなヒントを得ました。こういったことを2年間体験して、日本に帰ってきました。
日本に帰ってきてコンサルタントの仕事にもどり、多くの一流大学出身の方などと面接をしているうちに「あれ、これ何かおかしいな」と感じました。「あなたはどんなことがお好きですか」「どんな特徴をお持ちですか」などと聞いてもリアリティのある答えが返ってこないんです。何かその人がそこにいるという感じがしない。例えば「あなたはどんなことが得意ですか」と聞きますと、「チャレンジ精神があります」というよいうな答え方をする。「ではどういう事をやられたのですか」と聞くと、具体的な回答が出てこない。実体験として自分がチャレンジしたとことがなくても、言葉としてチャレンジ精神があると言う。一流大学で受験戦争をやってこられた方であればあるほど、そういう傾向の方が非常に多い。これは何かおかしいのではないかなというのがひとつの発見でした。
もうひとつは自分の子供を幼稚園と学校に入れるにあたって、自分の子供のよさをわかってくれる先生がいるところに預けたいなという思いがあったのですが、残念ながらそうしたところがなかった。これもちょっとおかしいのではないかと思いました。私が好きな日本で、子供を入れたい学校がない。悔しいなと思い、ならば、自分でせっかくデンマークでよい体験をしてきたので、何かできる事はないかなということでラーンネット・グローバル・スクールというものを4年前にスタートさせました。以後、試行錯誤を続けておりますが、それを少しご紹介したいと思います。
最初はアフタースクールということで、普通の学校に通っている小学生を中心に対象にしました。学校以外の場所でいろいろ自分の創造性を伸ばす、やりたいことをやってもらう、仲間を作るということを中心にやっていこうという方針を立てました。まず、始めたのがデゴロゴという、デゴのブロックで物を作らせてそれをパソコンでコントロールさせるというものです。何か難しいことをやっているように見えるんですが、子供は何の抵抗もなくすっと入っていきます。それからパソコンのプログラミングもありますが、小学校高学年になるとすぐに憶えてしまう。こちらが教えるということはなくても、子供の創造性をかきたてるような環境や教材を与えれば彼らは自然に憶えてしまうんです。
それから造型教室についてはフランスのプリコラージュ教育を研究されていた松本先生という方に教室をやっていただいています。これも基本的には素材とせいぜいテーマぐらいを与えて後は自由に描いてもらうということでやっています。年令が上であればあるほど「自由に描いてごらん」と言うと、戸惑って描けないんですが、小さな子どもだと全然抵抗なくどんどんやっていく。私はこれまで100人あまりの子どもを見てきましたけれども、クリエイティビティ(創造性)がない子は1人もいないというのが実感です。創造性がないのではなくて創造性を出せる環境を与えていなかった、それをつぶしてしまっていたのだなとつくづく思いました。だんだんわかってきたことは子供がアフタースクールと学校の顔と使い分けているという事実です。学校では自分を抑えているが、ラーンネットに来た時は自分を自由に出して表情がいきいきしている。こういう使い分けをしなければいけない状況はちょっとかわいそうだという感じがして去年から「お昼から来てもいいよ」というフルタイムのスクールを作りました。そのときに考えた事はやっぱり場所の問題です。放課後少しの時間に来るということなら問題はないのですけれども、デンマークのスクールを始め、国内外の良いスクールを見てまわったところ、そういうところは間違いなくいい自然環境の中でやっています。そこで私はだいぶ探し回りまして、結局六甲山の標高850メートルで昔銀行の山荘だったところを買い取り、そこでフルスクールというのを始めました。あとはサマースクールとかイベントなどもそこでやりました。フルタイムになりますと、小学生ぐらいの子供を責任をもって預かることになりますので、私なりにいろいろな学校を調べてカリキュラムを作ってやっています。大きく分けると、朝の8時半から9時半まではベーシック学習ということで基本的な読書き、漢字、計算あるいは英語などを中心に集中的に教えます。ひとりひとりの子供の進路が違いますので、ひとりひとりのレベルに合わせてやっています。その後、午前中いっぱいテーマ学習というものをやります。ひとつのテーマ、例えば「建物」というテーマを決めたら、1回2時間を6回繰り返して毎週きまった曜日に「建物」について研究するということをやっています。「宇宙」というテーマでやったときは、宇宙についていろいろ調べたり体験したり実験したりします。「無重力ってどんなものなのだろう」と、実際に子供をゴムでぶら下げて自分の体が浮くような状態を体験させます。これは単に知識として「宇宙は無重力である」ということを教えるのではなく、無重力というものを感覚的に体験させて“知る”ようにさせるのです。あるいはロボットが飛ぶ原理で作用反作用ということを習いますけれども、それは言葉と数式で教えられるだけで実感が伴わない。そこで子供同志を滑車のついた椅子に乗せて互いにバンと押し合わせます。すると作用反作用で互いにすっとんでいく。そういったことを実体験させて体得させます。子供たちは図鑑を調べたり、あるいはインターネットで宇宙のデータを引き出したり、自分たちで体験したり、実験したりします。6回終わったときに、自分が調べたこと、体験したことを資料にまとめてもらってご両親に来ていただいて発表会をします。小学生がすべて自分たちでやるというのはある程度限界がありますから、ナビゲーターと称している大人がある程度ガイドラインを作って「こんなことをやってみたらどう」と子供たちに投げかけて、あとは子供たちにまかせるという形にします。午後は「プロジェクト」あるいは「トコトン」と称してひとりひとりあるいはグループの興味に従って好きな事を自由にやらせる時間にしています。子供たちは御多分に漏れず秘密基地が好きで、山の広広とした場所の中に自分たちの秘密基地を作ったり、地面にトンネルを掘ったりして喜んでいます。あとは自分の興味のあるテーマ、例えば電気が好きだという子は電気についていろいろ調べたり、自分で電池を使って実験をしたりします。
アフタースクールでもそうですが、子供たちが好奇心を発揮して学んでいるという感覚ではなく、本来子供たちは好奇心がものすごく強いので、それをうまく引き出してやる環境があって、その上でナビゲーターが「それいいね、もっとやってみたら」と少しガイダンスをしてあげれば、子供たちはどんどん勝手に学んでいくという状況です。「ここに来てから表情が明るくなった」「毎日生き生きして楽しそうに帰ってくる」「夏休みになったらラーンネットに行きたくて行きたくてしょうがない、家にいるのはいやだ、早く学校おわらないかな」と言われて困ったという親の話をよく聞きます。フルスクールの方はまだ人数が少なく実質7名ぐらいでやっています。パソコンとか英語は社会人として生きていく上で必須だと思ってやっています。
今後の抱負については、デンマークを参考に考えています。デンマークでは、日本のように大きな校舎に何百人もの生徒がいて1クラス40人というような状況はまったくありません。1クラス多くても20名。場合によって一戸建ての学校もあります。1戸建てといっても日本と違って非常に広いんですけれども、こういったところで教えている。あるいは自分たちで校舎を建てている。日本とはだいぶ感覚が違います。私はそういった感覚のスクールをやっていきたいなと思っています。規模は最大30名、小学校低学年15名、高学年15名で縦割りクラスでそれぞれのクラスにチーフの先生とサブの先生を2名ずつ付ける。それから英語とかアートとか音楽などの専門的なクラスはスペシャリストの方に手伝っていただきますが、常勤4名のスタッフでやる。一番大事にしたいのはひとりひとりのスタイルの違い、ペースの違い、言っていることを尊重するということであって、例えば同じ漢字を書くにしても、ある子は非常にじっくりゆっくり丁寧に書く。ある子はパパパッとやるが、間違っていたりする。それはどっちが良い悪いではなくてその子のスタイルだから尊重して自信をつけさせる。自信がつくともっとやりたいと意欲が湧き、もっとできるようになる。するともっと自信がつく。そういう良いサイクルをまわしてあげることではないかな、と考えています。例えばテーマ学習についてはそんなに苦労はしませんでしたが、漢字とか計算とか基礎学習については興味もってもらうまで結構苦労しました。ひとりひとりのペース、スタイルなどを尊重しながら、テストなどせず、評価もせず、自分自身の意欲を尊重する環境を与えていくことによって子供たちはどんどんのびるということが実感としてわかってきました。まだまだ試行錯誤中ですが、そういった事を山の上でやっております。宮台:白井さんと炭谷さんの話を踏まえて簡単な所感だけを述べて寺脇さんに話を振ろうと思います。まずお二人の話に共通しているいくつかのポイントがあると思います。これは従来のいわゆる「教える」とか「伝達する」というタイプの教育よりも、むしろ動機付けを大事にする、それにいわば枝葉をつけるようにして結果としてさまざまな知識が習得されればそれでよしとするタイプの教育だという点が大変興味深いところです。白井さんは帰国子女であり、炭谷さんは外国で長い間お仕事をしておられた方で、簡単に言えば国際化といわれるようなコミュニケーションの広がりの中で従来の日本的教育に疑いをもった世代が確実に育ってきていると言えるんですね。
炭谷さんのお話からデンマークでは「教育」とは心の中を照らし出す、元々あるものを引き出すという意味をもっています。ところが日本語では「教育」とか「教科」とか「教員」とかいう言葉は全部「教える」という意味を表している。ここに、大人が子供に向かって何かをするときの振舞い方のイメージの違いがかなり出ています。これは日本の中にずっといるとなかなかわからない。しかし、白井さん、炭谷さん以外にも新しい教育の動きが多様に広がってきていて、そういう事例を紹介する本も出ていますので、それをごらんになると、日本も従来とはかなり変わりつつあるなというイメージを多分抱いていただけのではないかと思います。
日本では学級崩壊が今になってようやく話題になって来ました。対応策として「クラスの人数を減らす」「教員を再教育しさえすればいい」「OB教員を貼り付けよ」。大学生の学力低下については「文部省のゆとり教育がいけないのであって、もっと詰め込んだカリキュラムを再開すればいい」などなどの旧来の水準で相変わらず議論がされているわけです。お二方の日本での教育実践を聞き比べて、最近の学校事情、教育事情についての寺脇さんのご見解をお伺いしたいと思います。寺脇:炭谷さんのお話だとデンマークでは100年かけて改革をしたということで、簡単にできた話ではないと思います。私が日本で今までの教え込みの教育を変えていこうと言い出してからもう15年経ちました。100年もかけるのでは情けないからできるだけ私が生きているうちに何とかと思うのですが、やっぱり年月をかけて物事を変えていけば変えられるだなと思います。しかし国民の皆さんがどこで変えようと思っていただけるのかどうか、民主国家ですから皆が賛成してくれなかったら、少なくとも半分以上の方が賛成してくれなかったら変えられないのですね。私のところに短絡的な批判が雨のように降り注いできますけれどもね。
お二人のお話を聞いていて良い学校だなと思います。私もそういう学校にしたい。でも明日からこのお二人の学校のように日本中に4万何千校もある学校をそうできるのかというと、それはできない。それを100年もかけずに1年でも早く変えていくためにはどうすればいいのか。
もちろんそれに対する心配、批判、足の引っ張りなどいろんなことがあります。公立の学校というところは国立大学から小学校まで国民の税金によって運営されているとう意味ではお役所です。公務員が運営していますから、時に公務員、あるいは官僚組織に陥りがちな弊害みたいなものを常に内包しながら進んでいかざるを得ない部分があります。
私はここのところ、文部省の改革方針は間違っているとずいぶん叩かれています。文部省の悪いところは一杯ありますけれども、文部省の今の改革の方針が間違っているというふうに言われるのは心外です。それは文部省の方針ではなく、それを決めた臨時教育審議会から始まっている国民の皆さんの選択のはずなんです。受験詰めでぎゅうぎゅうさせて、偏差値つけて、業者テストをやって10年前の状態に戻してくれという世論はもうどこにもないはずなのに、そういうものをやめていこうとすると反発が出てくる。3歩進んで2歩下がり、2歩進んで1歩下がるみたいなことなんだけれども、差引き0.5歩でも1歩でも前へ進んでいかないと日本の子供たちはいつまでたっても幸せになれない。白井さんや炭谷さんが灰色の教室と言われる状態が変わっていきません。
まずは白井さんや炭谷さんのような学校に子供を行かせたい、あるいは子供自身が行きたいという場合には自由に行けるようにしていかなければいけない。ところが、今まではネックがあった。例えばこの2つの学校を出たら中学校に行けません。高校にも行けない。大学にも行けない。大学に行けなければ大学院にも行けない。というような学校教育体系を明治以来ずっと守って来ているのです。その体系をとりあえず無くしてしまおうというところから始めています。皆さん、このことの受け止め方としてはあまり大きく感じてはいないかもしれませんが、今年の7月に文部省が大学院には一切前歴と関係なく行けるようにした。それまでどこで何を学んできたかは一切問わないようにした。大学に関しても大学入学資格検定試験(大検)というのを受けて通れば、それまでの経歴が何だろうと入れる。しかも大検は大学に入るより難しいと言われていたので、一定のレベル以上であることがわかればよいという程度にした。それで今年は非常に大勢の人に合格してもらえた。こういうことをひとつずつ積み重ねて行ってその中で「何だ、今まで学校教育体系にしがみついていたけれども大したことではなかったんだ」ということがわかるようにしたい。これがひとつです。次に一般の学校の公開をして行くということ。私も文部省を辞めて学校を作った方がいいのかなと思うけれど、才能がないから私はどちらかというと役人に向いているなと自分で勝手に思っているんですけれども、ひとつだけ言わせてもらうと、日本では白井さんや炭谷さんがやっているようなところは塾なんです。日本で塾というと学校でやっていることを繰り返す学習塾であったり、受験塾であったりするイメ−ジが非常に強すぎてそれらは全部私塾として扱われます。塾という言葉に余りにもそういうイメージが染みついてしまっていますが、そういうのを抜きにしてしまえば塾も私的教育機関です。この私的教育機関というものの意味をもう1回見直してみようというのが実は文部省が学習塾に対する考え方を改めたといわれている理由です。学習塾という言葉にとららわれ過ぎると誤解を生みますが、私的教育機関というものの役割を認め、非常にニーズに応える教育をしているところは評価していこうということを言っているのです。そういうことをもっともっと分かりやすくご説明していかないといけないので、私もほうぼうに行って話をしています。皆さんが納得されたところから少しずつ変えて行って納得の幅を大きくして行こうというのが私たちのポリシイです。宮台:寺脇さんと私は何度かトークイベントや座談会でご一緒させて頂いていますが、そのたびごとに少しずつトーンというか雰囲気が違うんです。例えば学校の先生を前にしてお話になっておられる時と、ビジネスマンを前にしてお話しておられる時あるいは周りにお役人さんがおられる時はお話の口調は全く違うんです。彼は人を見て法を説く人なんです。お役人という立場もあるので、お役人として発言できることと寺脇さん個人として発言できることの配合比率を少しずつ変えながら、様子を見ながらお話になっておられるのですが、どこまで寺脇流の部分が引き出せるかというところがおもしろいと思うんです。僕は寺脇さんが学校などをおやりにならないで、文部官僚をおやりになっていることが非常に重要だと思うんです。こういう時期ですから、日本は企業であれ役所であれ大学であれストレンジャーズと言えば聞こえがいいが、エキセントリックな人間がイノベーションを行なう可能性があると見ているんです。つまり組織の中に順応しすぎないタイプの人間がプログラミングしていける可能性があるという意味で、むしろ適材適所でない方が良い。学級崩壊と大学生の学力崩壊をいろいろ調べて、僕自身の見解は白井さんと炭谷さんがおっしゃった動機付けに最大の問題があるというふうに感じております。
まず学級崩壊の方から言いますと、抽象的に言うと成熟社会における動機付け問題の一環なんですが、30年前に人文社会科学者の間で常識化された見解をまず申しますと、例えば準備体操の時に「集合」、「整列」、「気をつけ」「前へならえ」「休め」って号令をかけますね。これスポーツクラブに行けば一切しないわけですから、本来スポーツにとって何の必要もない。規律正しく身体的な行動をとらせるための訓練をしているわけで、すべて軍事教練から借りてきたものです。同じ様に日本の一斉カリキュラムの元手である教育の仕方も先生が壇上にたって高いところから見渡して話をするというタイプです。教室の中をあまり歩き回ったりはしない。これは19世紀の監獄の合理的な管理システムのある種の応用です。つまり先生の側から全員がちゃんと見えていて、生徒の側はいつ見られているかわからないからちゃんとせざるを得ないシステムなんです。このような軍隊あるいは監獄のシステムが近代に採用された理由は戦いに勝つためではなく、簡単に言えば工場労働者あるいは都市労働者を養成するためなんです。雨が降ろうが槍が降ろうが朝9時にタイムカードをパチッと押して号令一下規律正しく身体的な行動を行なって安価で良質な製品を大量に作らせていく。競争に勝つためにはそのような教育が要請されたわけです。これは日本だけではなく産業革命期の社会にはどこにでもあったわけですが、時代が変わってきました。例えば労働時間よりも消費時間の方が人生の中で長くなったし、単純労働は工場でも事務所でもコンピュータや機械が代替するようになった。あるいは第2次産業の中でも付加価値が重要になってきたし、サービス産業や情報産業が重要になってきた。従来とは違うタイプの労働の質が要求されるようになってきた。これを成熟社会化と一般に言うわけです。こういう現状では従来の工場労働者の養成システムとの間にギャップを生じていきます。このことを子供の側から見ると動機付けの問題になるわけです。昔は一丸になって物事に当たれば自分も偉くなるし、自分だけでなく家族も地域も会社も皆豊かになって万万歳という考え方があり得た。良い学校、良い会社を選び取り、良い人生を送るという物語があり得た。立身出世すれば共同体の仲間が皆承認してくれた。だから長い苦役としか思えない学校生活を耐える動機付けになっていた。実はこういう動機付けは学校の中で与えられたわけではなく、社会全体が与えていた。しかし、今はそこの部分がまず崩壊してしまっていることがひとつです。10年とか10数年という長い学校生活の意味が空白になってしまっているのです。
学校崩壊というのは子供たちが我慢しなくなったんです。これはしつけの問題だというふうにマスコミは7割8割方そう言っていますが、私の見解ではそうではない。社会学者の有賀喜左衛門が50年以上前に言っているように、日本の親は子供のしつけなどする余裕はなかった。それは『たけし君、ハイ』という北野たけしさんが書いた小説を読めばわかります。だいたい日本の親はお父さんもお母さんも自分の仕事で精一杯。兄弟姉妹もたくさんいすぎて1人ぐらいいなくなってもわからないぐらいで、飲んだくれや生活破綻者の親も一杯いました。別に親がみっちりしつけるわけではないんです。親が飲んだくれであっても、時たま説教すると効いたんです。それは世間というものが背後にあったから。爺ちゃん婆ちゃん、隣の小父さん小母さんたちが誰でもいうことを父ちゃんも言うからそうなんだなと思わせるものが世間です。今そういう共同性が壊れて、誰がどこで何をやっているかわからないくらい多様化が進んでしまった。親父は会社世間、お母さんはカルチャーセンター世間、子供はストリート世間、インターネット世間、というふうに世間はバラバラに分解してしまった。そうなると日本の場合は「隣村の奴が何と言おうとおらの村には関係ねえだ」ということが当たり前になるんです。そういうこともあって親のしつけは昔と比べて別にそんなに低下してはいない。そのへんの誤解があってしつけをちゃんとすれば戻るんだ、みたいなことを言う。もちろん個別には都市部の上層などはきっちりしつけていたということはあるんですけれども。
次に、大学の問題ですけれどもこれはかなり深刻です。私は大学の教員になって10年経ちますけれども、10年間やって来たプログラムを今年から断念しました。どういうことかというと、私のゼミは完全に自由報告制なんです。自分でテーマを見つけて自分で研究してそれを報告してもらうだけ。これを10年間やって来た。しかし、5年ぐらい前から難しくなってきた。つまり動機付けがないんです。「やりたいことはないのか」と聞くと「ありません」(笑い)と言う人間がどんどん増えてきた。授業のはじめに、今まで読んで感動した本についてその感動した理由などを喋ってもらおうとすると、「今まで感動した本はありません」「関心を持ったことはありません」と堂々と言う人間が3分の2ぐらいになった。都立大で。結局今までの方法を継続することができなくなり、動機付けのベースが成り立たなくなりました。
僕はカルチャーセンターでも教えていますが、カルチャーセンターで教える場合は年長者世代の方が良い生徒が多い。特に70、80の爺ちゃん婆ちゃんの中に非常に良い生徒さんがいるわけです。なぜかと言うとやはり自分の生活体験、戦争体験とか、戦後の激変を経験しているのでその中でいろいろな思いがあるんです。動機付けのベースがある。そうするといろんな知識をこちらからお話すると、自分の枠組みの中にうまく位置付けて、場合によっては我田引水だけどもすぐに議論ができるぐらいに血肉化してしまう。ところが若い連中は動機付けのベースが全くないに等しい。どんな知識も、どんなに上手な塾の先生が教えたとしても、結局砂のような断片として習得されるだけで、ディベートの時にすぐ使えるようにはならない。頭の中にごちゃごちゃ入っているだけです。こういう大学生が企業や官庁の中に入って行くのかと考えると恐ろしい気がします。大学生の学力低下の問題も動機付け問題に尽きています。東大新聞の去年のアンケートによると、「東大生であることを初対面の人間に言いたいか」という問いに71%は「言いたくない」と答えています。なぜかというと「恥ずかしいから」。東大生と合コンするというのは今や女子大生やOLにとって完全にギャグネタになっているんです。「変なやつが一杯いるから」。(笑い)例えば2時間の間じゅう河合塾や駿台の話をずっとしている。(笑い)センター試験にいかに低い点で俺は入ったかと言うことを自慢したりする。5分10分の間ではなく永久にやっている。隣の女の子が「〇〇さん今何やっているんですか」と聞くと聞いたのは隣の子だから隣の子に「答えろよ」と言う。サークルなんかで女の子から社交辞令で「〇〇さん格好いいじゃないの。ステキ」とぽんと肩を叩かれたりすると「この女、俺に気があるのか」と思ってあっという間にストーカーになってしまう。(笑い)こういうヤバイ人が一杯いるんです。東大には(笑い)。女子高生の「彼氏にしたい大学生のランキング」に東大生がベストテンに入ることはここ5年くらいないんです。だいたい東京近辺で言うと立教、青山、法政、明治、早稲田、慶応。「あんたの彼氏どこの大学」と聞かれて「東大」と言うと「え、マジ。やばいんじゃないの」(笑い)。僕が大学生のころディスコブームでした。その頃は東大生の女の子はディスコでナンパされて「大学どこ」と聞かれると「トンジョ(東京女子大)」とか「ポンジョ(日本女子大)」とか答えていました。今は東大のナンパ系の男子学生がナンパする時に「大学どこ」と聞かれて「法政」とか「明治」とかいって仲良くなってから「黙っていたんだけど俺本当は東大なんだけれどサ、大丈夫だろ」みたいな(笑い)。こういう状況が今の受験体制の中で、短絡でも何でもなくてひとつの側面としてそういう現象が生み出されてしまっている。
つまり簡単に言えばこの成熟社会でもはや意味を持たなくなった苦役にただひたすら耐えて勉強して、働いてという人間はちょっと変人かもしれない。
例えば僕のゼミの話をしましょうか。男女だいたい半数いますが、発言権の7割以上は女の子が取ります。なぜだと思われますか。私だけでなく、多くの教員が言うことですが、大学の夜間部と昼間部でいうと、だいたい学生の偏差値が離れていますが、夜間部の方がおもしろい学生が多い。なぜなら男の学生の場合はずっと社会の中心にいるためには勉強さえすれば許されるという下駄をまだ履けると思っている人が多い。ところが女の子は勉強だけ出来るのはまずいと思うような場所にいます。僕は少女漫画研究家でもあるんですが、少女漫画の中に「メガネを取ったらあら美人」という「メガネっ子もの」がありますね。つまりメガネをかけたインテリ女はブスだというイメージがあって、「私もメガネを取らなくちゃ」と東大生の女の子は思っているんです。だいたい大学に入るころは本当は塾の講師とか家庭教師などができるのにファミリーレストランとかコンビニとかでバイトしている子がたくさんいるわけです。この成熟社会で真当に勉強すれば、たとえば異性とのつき合いなどに使う経験が勉強によって犠牲になります。健全な人間ならそれに気がつきますから、こんなことをしている場合ではないと感じます。自分自身のエデュケーションつまり自分自身の中にあるものを引き出すためにいろんなところに行くはずですよね。ところが成熟社会では当たり前のことを学校には適用できない。学校に適用しようとすると成熟社会には適用できない。学校を守ると子供を守れないというのが続いているのはこのことなんですけれども。これが全般的に動機付け問題で、動機付けを変えた状況で何かを一生懸命やろうとしてもそれに適用できる人間はおかしな子供だけ。あるいは適用するとおかしな大人に成長してしまうということがあるというのが僕自身の考えなんですが、こういう考えは変でしょうか。(笑い)寺脇:全然変でないというとアレなんだけど、今、学級崩壊と言われているけれど、そもそも「学級」とはなんなのか?
白井:「学級」という概念自体がないから、なんで守らなきゃいけないかわからない。
寺脇:要するに学級崩壊というのは教える側と学習する側が、ミスマッチを起こした状態だということなんです。つまり先生は活発に発言してほしいのに皆シーンと黙っていて動かなかったらそれは学級崩壊なんです。見た目はその学級は整然としているけれども、先生が「誰か意見のある人は」と言っても誰も反応しなかったらそれは学級崩壊です。逆に今度はワーワーワーワー言っているけれどこれは先生のねらいで、この時間はワーッとなることを目指しているというのなら学級崩壊ではない。だから学級崩壊というのを形式だけでとららえていくとだめです。1時限のうちに2人以上立ち歩いていたら学級崩壊だとか言っているけど(笑い)、これは官庁が陥りがちなクセなんです。先生は公務員、学校は役所だからきちんと数量化して報告しないといけないという習慣。それは主観的にとらえてはいけないというふうに教育されているからとにかく数字で表そうとする。
今の状態が学級崩壊であるかないかは、主観的にはミスマッチを起こしているという客観的な条件を説明できて始めていえるのだけれども、それって難しいです。面倒くさいことです。それよりも5日以上学校を休んだら、30日以上学校を休んだら不登校だとか、役所はそうやって統計処理していく世界なです。それは役所のためにしているのではなくて、国民の皆さんに私たちの役所は、学校をきちんと運営していて、長期欠席者をちゃんと掌握していますよということを報告するためにやっている。けっして悪意でそうやっているのではありません。
だが、いろいろ深刻な問題が起こったときにはそのシステムをいつでも変えなければいけない。だから文部省がこの間出した学級崩壊の報告書はなかなかやるものだなと思いました。あのときは「学級崩壊」の定義はしなかった、普通するんですよ、ああいうときは。「見てそうだと思った」ケースを取ったということになっています。主観で選んでいる。
学級崩壊をなくすには、それこそ生徒の人数だけ少なくすればいいなんていうことではない。5人のクラスでも崩壊してしまっているところもあるし、40人でもきちっとやっているところもありますから。その時に教える側と学習する側と言った瞬間にもうミスマッチの可能性はきわめて大ですから。そこのマッチングをどう求めていくか。白井さんのドリームプラネットにおける崩壊状態だってあるんです。炭谷さんのところでもどこかかみ合わない状態が生じ得る。そこのところをもっと柔軟に大胆に考えていかないといけない。崩壊しないためにどうすればいいか。要するにミスマッチでなくすればいい。ミスマッチをなくす時に教える側に学習する側が合わせるというのは非合理的です。学習する側に教える側が合わせなければならない。そう言うとまた子供に迎合して好き勝手な子供を作ってしまう、でたらめな国になるという議論が出てきますけど・・。だから2つの問題がかみ合っているんです。学力問題もそうです。ゆとりなんて言い出すから学力だって下がっちゃうと言い出す。しかしゆとりがなかったらモチベーションなんて作れません。動機付けが作れません。今まではあくせくあくせくやって来て急がば回れ的なことはすべて流れていたわけです。「前にならえ」といきなり号令をかけてビシッとやっておれば見た目にはとにかく統制はとれるんです。ところが、それをすこし変えてワイワイガヤガヤになったらすぐ学級崩壊と言い出す。勉強も詰め込み詰め込みでやって試験に出るからというので必死にガリ勉した。それをもう1度1歩引いて、急がば回れ的に持っていこうとするのはとても勇気がいることでした。それは子供にとっては不安ではないんだけれど、それを取り巻く親や教師や教育委員会の人、あるいは文部省の人にとっては不安の種でした。そこを乗り越えられるかどうかです。
学力低下の問題だってそうです。昔と比べて低下したかどうかは数量的に調べられないんです。官僚の世界では数量的に調べられれば都合がいいんです。10年前のビルと今のビルとどっちが頑丈にできているかは調べればすぐ出来ます。しかし学力調査はそれが出来ない。小学生の段階ではそんなに学力が低下しているとは言えないようです。そりゃ算数の力が低下していると言ったってコンピュータが出来るようになっているのですから、その比較の仕方をした上で言うなら小学校だとあまり変わっていない。中学校でもそんなに変わっていない。高校になると怪しくなって、大学になるとガクーンと落ちているということがよくわかります。それは動機付けがないと勉強出来ないことになっているからです。
先程からの話は知的探求心とか好奇心とかいうものは元々生れ落ちた赤ん坊でも持っていて、近くに物があると何だろうと思って取りに行く。口の中に入れて確かめようとする。そのくらい子供にはもともと好奇心があります。それを教育してよってたかって無くさせてしまっている。そのきわみであるところの東京大学に、今日は4人ともそこを出ているらしいけれども(笑い)、宮台さんが言われるように、これは面白おかしくちゃかして言っているわけでなくて象徴的に言っているわけですが、大学の先生が嘆かれることはよくわかる。相当ひどいところだけを担当しているからそうなんです。でも「なぜ困っているんですか」とつきつめていくとそれは大学生が分数が出来ないとか、鎌倉幕府が滅びた年を知らないからといって嘆く大学の先生って「あんたが変なんじゃないの」ってむしろ思うんです。
しかし動機づげがないとか知的好奇心が全然ないとかいわれるとそれは由々しき問題です。何とかしなきゃいけない。でもそれはいきなり大学生になって世の中に現れるわけではないから、そこまでの18年間をどうしていくかということで、大学の先生には手のつけようがない事がらです。そこもトータルで考えてやっていくと大学生の学力低下問題と学級崩壊の問題は別問題に見えて実は大きなつながりがある。そういう時に今までのような小役人的な、「それは弊害だ」的なとらえ方ではなくて少し思い切ったとらえ方が必要です。その時には役人の力だけでは出来ません。そのやり方でOKと言ってくれる国民がいないとだめです。「数量的に示せ」なんて言われたら、私も果てしなく小役人になっていくか、文部省を辞めるかどっちかです。だけど今皆さんが「いやちょっと待てよ、重箱の隅ばかりつついて数量のことを言わないで考えてみようよ」と思っていらっしゃるから、今日もこれだけの方が2時間半も立ち見で聞いておられるし、毎日のように私もあちこちの集まりに呼ばれていることからもわかるように皆さん自身が考えようというふうになっている。
個人の利得のためにやるんだったら、自分の子供さえ良い学校に入れてやっていればいいんですよ。しかし、自分の子さえ良いというのは教育を私事化しているわけなんです。子供は社会の子供だから皆で育てるというのは公事です。今までは当然おおやけごとだという感覚でやって来たのに、今一気に私事の方に走る動きがありますね。小学校も中学校も高校も全部なくして皆自分で行きたい学校に行くようにすれば良いんだという極端な私事。でもやっぱり公のところがあるからこの両方の中でバランスとって行くということに皆さん気づいておられる。先週すごく感動したのは世田谷区の中学校のPTAに行ったんです。そこのPTAのあるお母さんが自分で計画して皆に聞かせようとして私を呼んでくれた。行ってみたらそのお母さんの子供はその学校に行っていない(笑い)。その学校に籍を置いているけれどもドリームプラネットに行っている。その学校がよくなったら自分の子はもどるかもしれないけど、そのお母さんは自分の子供がこの学校にお世話になっているからこの学校でPTA活動をやっているのでなく公事としてやっている。普通はそうではありません。わが子が行っているから、世話になっているから、あるいはわが子が内申書でいじめられては困るからなどという気持でやっている。これは要するに(公)おおやけのためにやっているのではなくて私事化しているわけです。そうではなくて、近所のこの学校が良くなるのは良いことだ、自分の子が通っているドリームプラネットも良くなればいい、という新たな公制の考え。上から与えられた公ではなくて私たちが勝ち取る公制、というものに皆さんが目を向けて下さればその公制に立脚した、皆で共用していくための官僚システムというのが新たに構築出来ると思います。宮台:今、寺脇さんが公というキーワードをお出しになりましたね。実は教育の自由化とか複線化多様化は簡単に言えば子供のわがまま、勝手放題を容認するだけで、結局公が壊れて行くのだという議論が保守的な方々から噴出しているわけです。同じようなスタンスで文部省批判も行われていることは皆さんご存知のとおりです。
このことをどう考えるか。最初にアウトラインだけお話しますと、例えば日本では協調性重視教育をやってきました。みんな仲良しというやつです。幼児番組の国際比較をしますと、「みんな仲良し」という番組を作っているのは先進国で日本1国しかないんです。他の国で基本的に一番大事にしているのはインディベンデンシイ、あるいは自分の言いたいことをいつでもどこでも言えることです。次に大切なのはコントリビューション(貢献)で自分1人だけでやろうと思ってもやりたいことも出来ないよ。やろうと思ったら人に助けてもらわなければならないが、それには友達を作らなければいけないし、友達のことを助けてあげないと友達は助けてくれないよということです。例えば自分のことをちゃんと言える訓練はアメリカとかヨーロッパではよくやっています。例えば「自分の一番大切なものを持ってきましょう」と持ってこさせて、それが時計だったらなぜそれが大切なのかを5分間でお話しましょう、質問があったら皆でしましょう、みたいなことをやります。説明が下手だと自分で悩みます。小さいころからそういう経験をさせてちゃんと自分の言いたいことを言えるように教育します。しかし言いたいことをちゃんと言うためには喋り方も上手にならなければいけないし、相手が理解できるように言わねばならない。これは自分の言いたい放題、やりたい放題とは全く違うんですけれども、日本ではまずそこが曲解されています。本当は哲学的な背景もあるのですけれど今はふれません。いわゆるパブリック、自分1人だけで生きているんじゃないんだよという部分を、多様性や自由の中でどういうふうに教えているのか、白井さんと炭谷さんにお教え頂きたい。白井:私どもの学校での事例をお話させて頂きます。好きなことをやるということが好き勝手にやるというふうに勘違いされているんです、日本では。去年1年間私たちの学校の建設をめぐって沖縄の人の間ですごい反対運動が起こりました。好き放題にやらせると学校に茶髪の子とか赤髪の子が押し寄せてくる、沖縄の子どもたちが皆悪い影響を受けるというのです。まるでオウム真理教扱いでした。学校を建てようとすると、地元で反対運動が起きてあちこちに場所を変えねばなりませんでした。1年間もそれが続きました。最終的にはムーンビーチというホテルの中に建てました。社長さんが子供たちの良さをわかってくれる方で自分が命がけで守ると言って下さいました。
私は1年間で学校を作ると子供たちに約束していたんです。絶対に4月までには作らなければならないとなると、どんなにひどい状況だと思えるようなことでも全部従うしかないんです。それを全部プラスに持って行くしかない。そういう中で反対運動が起こっていることを全部子供たちに言いました。「世の中には誤解があって、あなたたちが茶髪だとか非行だとか言って学校建設に反対しているの。あなたがたの誰かがたばこ1本吸ったという理由だけでこの学校をつぶしにかかってくるかもしれないのよ」。そうすると、子供たちはものすごい危機感を持ちました。自分たちひとりひとりの行動が禍いしたら、皆が自分たちの学校をつくるためにせっかく見つけた場所がなくなるかもしれない、自分たちで学校を守らなければならない、という「皆のために」というパブリックな意識が猛烈に出てきたんです。
とり頭をした子のことを話しますと、この子はたばこが止められないで、隠れて吸っていました。それで入学1週間で退学処分にするところでしたが、私はその時にすぐ親を呼びました。そして親子を目の前にして、その子に本当にここにいたい気持があるのかどうか、皆のためにたばこを止めることができるかどうかという話を真剣にしました。すると、その子は涙を流して「やっぱりここにいたい、俺は皆のためにたばこを止めます」と誓いました。「じゃあ私はあなたを信じたから頼むよ」。私のこの一言で彼はその後がらりと変わりました。とり頭はずっと変わらないけれども中身は変わったんです。皆の信頼を取り戻すためにどうしたら良いのかということで、それからの成長はすごかった。うちは週に1回「自然に帰る日」をもうけて海に行ったり山に行ったりしているんですけれども、彼はその企画委員になってリーダーシップを発揮し出しました。言わなくても自分から企画書をどんどん持ってくるようになり、毎日スタッフルームで新聞を読んで子供たちにいろんなトピックを伝えたり、勝手にやり出したんです。ところが、子供たちの中で彼はトラブルの原因だから退学させるべきだという議論が出てきました。このまま彼がいるとドリームプラネットを守れない。守るために彼を退学させてと私のところに押しかけて来ました。それに対しても私はすごく怒りました。「君たちはドリームプラネットを守るためにという理屈をつけているけれども、本当は彼がおもしろくなくて排除したいんでしょ。あなたたちはそうやって彼を退学させて、彼の人生をめちゃめちゃにするかもしれないけど、その責任をとるの」。そして言いました。「退学は校長である私が決めることよ。この学校ではこういう考え方で行きます。彼は罪を認め、どうやって皆の信頼を取り戻して行くか一生懸命考えているんだから、皆で暖かくサポートしてあげる以外にないでしょ。ここはそういう学校なのだから」。
そういう議論を繰り返していくことがこの学校の重要な儀式でありまして、毎日全体でミーティングをしています。そこでいろんなことを子供達は言ってきます。親御さんも言ってきます。子供たちは今までの価値観からなかなか抜け出せず、“平等”というようなことを持ち出してきました。校長の私は皆の悩みごとを全部聞いているんですが、それぞれの持ち時間が違うからえこひいきだと言うんです。でもそれは当たり前なんですね。悩みの内容が違うから。
私はいろいろな問題を全部取り出してみせますが、中には誤解する子もいます。そこで「じゃああなたたちは全く平等でしかも誤解されない校長が欲しいのなら、私は普通の学校の校長みたいに月曜日だけ皆の前に朝礼という形で出て、「きれいな心を持ちましょう」などと誰にも誤解されない言葉を言って、皆に平等に誰の相談にも乗りませんというそんな校長になるけどそれでいい」といったら「いやだ」。そこまで言って始めてわかるんです。自分たちがどういうことを言っていたかということが。私の勤めは自分がぜったい譲れないものは譲らないということです。特にドリームプラネットは理念と内容を私1人で作ってきたので、私がこの学校の柱になっています。もちろん子供たちから言ってきたものでおもしろいものはどんどん採用しますけど、人のために自分の才能を役立てるという建学の方針というか、根本のところはぜったいに譲りません。親御さんの中にも自分の子さえよければ良いという方も沢山おられます。私の役割はそこから子供たちを守ることなんです。親御さんがこうしてくれ、ああしてくれと言われても、理念に合わなければ動きません。子供たちがこうしたい、ああしたいと私に対する意見として、企画書として、あるいは見積書として出してくる場合、そのプロセス自体が子供たちにとって勉強になるのであれば受け付けますけれども、親御さんの要望は一切聞きませんという形にしてしまったのです。それ以外に今の世の中の価値観の中でパブリックというものを守り通すという方法は今のところないんです。宮台:今の問題ですけれども子供の自発性や動機付けを尊重すると、バラバラになってパブリックというものが、あるいは責任というものがなくなるのではないかという危惧に対して炭谷さん何かおっしゃりたいことがあれば是非お願いします。
炭谷:人間関係の基本に自己表現があると思います。ディベートで意見を言うとか言葉で表すとかいうのはそんなに本質的なことではないのではないか。例えば人の言うことを聞いた時に黙ってしまうとか、あるいは部屋を出ていくということも自己表現の一形態です。非常に素直に自分の思ったことを表現しようとしているからです。大事なことはすべての人が自分を表現した時にそれに周りの人がどう対応するか。このときに協調性、社会性というものが作れると思うんです。今の学校の中で例えば皆で一緒にやりましょうというのは、それは社会性とか人間関係ではなく単なるルールであって、大事なことは1人の子供あるいは大人でも、何かを自己表現したときにそれに周りの人がどう対応してあげるかにあると思うんです。
先生方に非常に同情するのは1:30とか40の関係の中で、子供ひとりひとりの自己表現に対応するのは不可能だと思うんです。私もいろんな人数でやってみたんですが、理想的には15人に2人つくのがいちばんいい。1人が何か子供にメッセージを出していれば、それに対しての反応を自分で15人の子を見ることは出来ないと思うんです。聖徳太子ですら7人です。白井さんはスーパーウーマンだから130人。私はとてもそんなことは出来ないです。人数というのは非常に本質的で、今のような30人とか40人のクラスの人数だと個別の自己表現に対応することは出来ません。子供が自己表現した時に無視されるという経験を毎日毎日徹底的にやり続けることになります。そうすると自分の意見を言うとか自己表現するということの価値を感じなくなってしまう。結局は自分の意見を持たなくなる。そうすると大人になって社会に参加しない、政治にも参加しないということに必然的になってしまう。したがって、私は少人数でやるということがものすごく本質的で、その中でひとりひとりが自己表現することに誰かが対応するということが原則だと思っています。
それから地域私事公事をどう変えていくかということについては、いつもデンマークを参考にするんですけれども、デンマークは民間の思想的リーダーのグンという人がいて教育改革をリードして、詩を作ったり、学校を作ったり、啓蒙したりいろいろ運動をやっていて、最初はマイノリティだったものがだんだん力をつけて、そのうちに国民が彼の考え方を受け入れ、そうすると公教育もだんだんそれを受け入れてこれが何十年にもわたって続いてきているわけです。一気に誰かが何かをやったから変ったとは思っていなくて、白井さんなら白井さんのやり方、私なら私のやり方というふうに、いろいろな人がどんどんいろいろなことをやり始める中で変わっていく。どれが良い悪いではなくて、それらをいろんな人が見て「こういうやり方もあるのか、良いな。まねしてみようか」ということがきっかけになるのかなと思うんです。そういった意味もあってうちはオープンポリシーにしています。やっていることをすべてホームページに載せ、カリキュラムも全部公開し、見学も全部出来るし一切隠し事はありません。私事を公開し、公事として認められたら皆さんの意見を取り入れて行くといった関係です。宮台:白井さんと炭谷さんの話を聞いて大変感銘しました。パブリックという概念は責任という概念と一体ですけれども、責任というのはレスポンシビリティですから問いかけに回答出来ることなんですよね。お二方の話で、子供が何かを話しますよね。それに対して周りがいろいろ問いかけてくる。それに対して更に子供が答える時に責任が生まれます。さっきの例で言えば「時計が僕の一番大切なものだ」ということを5分で説明しようとしてうまくいかなかった。「全然分からないよ、何でそんなものが良いんだよ」と質問が来た。その時に自分がこの時計について言った自己表現に対する責任が生じているわけです。
ところが日本ではこういう責任概念はないんです。例えば企業が汚職で追求されるとトップが責任を取って辞める。これはいわゆる回答ではなくて単に共同体を背負ってしまっているだけです。責任というのはそうではなくて他者、つまり自分の共同体に属さない人間が自分に対して問いかけ、追求してきた時にどう答えられるのか、ということが責任ですよね。ですから企業のトップが汚職の責任を取るという時には、そこには公共罪もあれば、公共的な利益の侵害など様々な問題があります。その中で企業のトップとして経営責任を果たすということはどういうことなのか、ということを理解するような大人がまだ日本にはほとんど存在しないわけです。
今、子供たちが公共的ではなくなっているというわけではなく、元々日本の大人たちの責任概念を見ればわかることですが、これだけ複数の多様な人間が地球上に、また日本の中にたくさん存在するようになっているのに、他者が問いかけてきた時にちゃんと回答出来るような訓練をしていない。炭谷さんがおっしゃったように何をやってもそれは駄目、皆と仲良しにしなさい、と言って芽を摘まれてしまい、自分のやりたいこと、言いたいことを主張する動機付けをどんどん摘まれていく可能性があるわけです。そうなっていけばいくほどその子供たちは回答可能な存在ではなくなっていくというあたりが非常に感慨深かったと思います。岡田:ではこれから会場の皆さんのご質問を受けます。時間の関係で質問する方も答える方も手短にお願いします。時間オーバーした場合はストップさせていただきます。
質問1(男性):白井さん炭谷さんの話は良かったんですけれども、一般の人たちは、そんなことを言ったって受験戦争があるから目先の問題に追われるのはしょうがないではないかということになると思うんです。ところが受験戦争というのは意外に簡単に解消できるんです。今の日本では文部省が教育内容を指定していますよね。特定の内容のみにお墨付きを与えています。そのお墨付きを与えた知識のみに世間の親子がわっと一斉に飛びつく現象が起きている。それは当たり前なんです。学習塾は文部省が指定する知識を詰め込むところですよね。文部省が教育内容を指定しなくなれば塾の存在意義はなくなってしまいます。こういう原因で競争の集中が起きているという事実をもっと沢山の人に知ってもらえば、世の中の雰囲気が大分変わってくると思うんですが、その点寺脇さんどうお考えでしょうか。
寺脇:競争すべきでないところに集中している、ということに気づいて頂くのは大事なことです。ただ1つの問題として、高校以下については文部省は確かにこういうことを教えろと言っていますが、大学については何をやらなければいけないとは一切言っていません。それでも競争が起こるのはなぜなんだろうということをひとつ考えていかないと、そう単純には行かない部分もあるのではないか。
私は大学の競争はなくせると思っています。実は大学というのはこうやらければいけないということはなく、文部省のお墨付きの教育内容なんか無いんだということを知ってもらう努力を私たちもっとしなければいけないのかもしれません。
もう1つは白井さんが1年で学校を作るのが大変だと言ったけれども、普通の学校を作るのはとても1年では出来ません。学校教育体系というものは必ずこうでなければいけないというものが変わっていけばですが。私は実は来年の4月にはものすごく沢山の私塾が出来るのではないかと期待しているんですが、どうなることか。私塾を作ってそこから大学に行ける、そうなれば生徒も集まるだろうし、ペイするのではないだろうか。これは当然学校法人上の学校ではないから基準もそんなに守らなくていいし、お金もそんなにかけなくて出来ます。ただそれは学校を作る人が自分の責任を引き受けていかなければいけないし、行かせる親も自分で責任を引き受けていかなければいけないという前提がもちろんあります。そういう形になって行けば確かにどこの学校に行かなければいけないということはあり得ない。原理としてはおっしゃることは全くそのとおりですが、それを現実に移し替えてどのように皆に分かりやすく、どういうプレゼンテーションをすればそこをわかってもらえるのかということについてはいろいろ考えてみないとわかりません。質問2(女性):寺脇さんにお伺いしたいんですが、私塾のバイパスが非常にしやすくなっているといった点で文部省が大きく変わっていると思うんですが、文部官僚の方がたは基本的に今までの教育システムではいわば勝者ですよね。その人たちが自分たちの受けてきた教育を否定するのだろうかと非常に懐疑的なんです。文部省の中でどういう綱引きというか議論が戦わされているのか教えて頂けませんか。
寺脇:誤解のないように言えば、私は受けてきた教育を否定しているではなく、全部認めていこうという考え方です。これは駄目と言っているのではないです。
文部省の中に受験戦争勝者というのはそんなにいません。いろんな経歴の持ち主がいます。大検を受けてきた経歴の者もいるし、中学時代暴走族だった者、高校の時に考えを変えて専門学校に行った者もいます。確かにキャリア組といわれる役人は勝者的な部分と言えるでしょう。それでもこの頃いろんな経歴を持った者がいます。その時にそれこそ公というものが上から与えられた公であればそっちの方が都合のいいシステムになっていくかもしれないけど、全体的に立脚した考え方の中で言うならば、省の中で何か特権的な貴族階層みたいな人がいて文部省をリードして行くのではなくていかに・・・。(時間オーバーで発言を切られる)質問3(男性):宮台さんに質問します。最後に議論していたキーワードで、公的なことをどうやって教えていくかということがあったと思うんですが、その中で白井さんがおっしゃった自分の才能をどう公に生かして行くかということこそが、いわゆる日本の既存の公教育が目指したものであったはずなのに、なぜそこが狂ってきて自分だけのことを考えるような癖を身につける教育になってしまったのか。そこをひとつクリア出来ている白井さんの学校のキーワードとしては、子供たちがその学校を選択してきたということだと思うんです。これから大部分の子供たちが通っている公教育をどうするのかということを考える時にその問題はどういうふうに考えたらいいでしょうか。
宮台:僕はパブリックということを教える方法は比較的単純で、基本的には他者と共生すること、いろんな人間が社会にいて、その人間同志が侵害しあわないで、共生するために必要な条件は何なのかということを体得することにつきると思うんです。例えば自分が何かを、仲間内ならいいですよ、たとえばクラスの中でこれを説明すると言う時にレスポンシビリティが生じているんですよ。それで失敗すれば自己責任なんですね。
そういうことを学ばせるような教育実践がパブリックな動機付けを作ると思うんです。なぜそれが駄目になってしまったのかということは比較的に単純です。昔は皆仲良しという地域共同体があった。世間もあった。あるいは一君万民ではありませんが、日本人は皆仲間だという意識があった。それで「皆のため」という「皆」というイメージが像を結びやすかった。しかし今は「皆」といってもせいぜい自分のローカルな仲間なんです。お役人で言えば省庁だったり、大学教員でいえば自分の大学の教授会だったり、自分の何とかかだったりで、こういうふうになってしまったということであります。ハイ。(笑い)質問4(男性):白井さんと炭谷さんに質問します。今日この会場に私も含めて学校をやってみようという熱い思いの方もおられると思うんですが、経済的にいろいろな問題があろうかと思います。白井さんであればマキノさんという素晴らしいスポンサーを見つけられましたが、ご経験の中でどんなやり方をすればスポンサーを見つけられるか、アドバイスしてください。
白井:マキノという人はお金を持っているように見えて全然持っていなかったんです(笑い)。土地も建物も何とかするからと言っていたけど全然無かった。そこでゼロから作り上げました。具体的な話をしますと、ホテルの中でやることになったので改装費だけですみました。こういうケースが余り日本では無かったためいろんな賛同者が出てきて下さいました。例えばバスを寄付して下さるとか、マッキントッシュのコンピュータを20台寄付して下さるとか。そういう方々が沢山出てきました。
イニシャルポストはあまりかかりませんでした。お金がないということ自体をカリキュラムの中に組み込んじゃったということです。その方が子供にとっていいだろうということと、とにかく背に腹はかえられないということと両方含んでいたんです。お金がない中でどういうふうに自分たちの環境を作っていくかということをキーワードにしたためにコスト意識が子供の中にもスタッフの中にも出てきました。炭谷:人が一番重要だと思います。白井さんのようにハードにお金をかけないでカリキュラムの作り込みにかなりエネルギーを注ぎこみました。したがってここの部分の投資が多いです。私みたいな人間がやった経験を是非活用して頂いて、お金をかけた部分は使って頂くということでやっていけば苦しいながらもやっていけるのではないかと思います。是非始めて頂きたい。そういう方に応援したいと思います。
質問5(男性):民主党の参議院議員の桜井と申します。お二人がやっていることを何とかお助けしたいと思うんですけれど、今の日本の制度とか法律の点で改善すべき点があったらその点を教えて頂きたいと思います。
それから私が医者の時代に学校に行けない子供たちのカウンセリングをやっていました。ほとんどの人が両親の仲が悪いんです。学校教育も重要だと思うんですけれども、家庭教育のあり方についてお考えがありましたら教えて頂ければと思います。白井:私どもの学校という意味から行きますと法律的にほとんど問題は無いと思っています。逆にそれが学校として認められなかったためにミーハーは集まってこなかったんです。簡単な言葉で言ってしまえば。本当にここに来たいという子しか集まってこなかったというところにここまで制度の意識が短期間で変わったということがあると思うんです。
家庭教育についてうちは切り離して考えています。今までの過去とか家のこととは全く関係なく、うちはうちの価値観でいくからあとは自分たちの価値観を作って行きなさいと指導しています。炭谷:私も制度より意識の問題の方が大きいかなと思っています。一流校に行かないことがそんなに問題であると思うような発想を皆さんがしていることが大きいのではないでしょうか。あと制度的に何か援護頂けるのであれば、選択肢を認めることであると思います。家庭教育についてはまず子供に耳を傾けることと子供の良いところに注目して下さい、ということの2点です。
寺脇:制度についてはお二人のように「いいよ」と言って下さると大変良いんですけれど、一番大事なのはお金だと思います。公費がどうやって入って行くかこれは政治の問題だと思います。さっき私塾の問題を申しましたけれども、民間の教育機関に公費を投入して行くシステムを考えていかなければならない。その時に機関補助というのは非常に難しいと思います。そうしてしまうとやっぱり機関を管理しないといけない。その時のプロジェクト補助のあり方について、あるいは個人補助という考え方もあると思います。今奨学金というのは高校や大学に行くことを支援するためと普通考えられていますが、補助としての奨学金的仕組みをひとつ考えて行くこと、プロジェクト補助としてドリームプラネットそのものには出さないけれども、そこでやっているあるプロジェクトには援助していこうということは法的にも可能だと思います。そういうところを是非議論をして頂ければと思います。
質問6(女性):現場の小学校の校長をした経験があるんですが、一番怖いなと思うのは学校を選ぶということ。白井さんの学校の選択って言ってますよね。公立の学校にも選択の自由というのがありますが、東京の品川区は来年から自分で選ぶようになっているので大変進歩していると思います。選択するようになると校長もずいぶん真剣になると思うんです。この点、宮台さんいかがですか。
宮台:これは校長先生だけの問題だけではなくて学校の自由化、多様化あるいは文部省が打ち出しているような様々な複線化の方向におびえているのは学校の先生たちであることは事実です。教職員組合などでいろいろ講演の機会もあるのでそれはよくわかります。簡単に言えば、教員が市場化されるわけで、子供たちが学校や先生を選ぶようになるならば、今いらっしゃる中でもともと教員に向かない人達も教員をやっておられる可能性もあるので、そういう方が揺らいでおられるのです。向く向かないと言うのは非常に重要な問題で、以前の社会なら向いていたがこれからの社会では向かないというタイプはいっぱいおられます。皆仲良しだということが市場価値だと考えておられる先生もいっぱいおられるし、教室の中で自分の意見をちゃんと言う子供が出てくると秩序を乱したと思うような先生もいっぱいおられます。こういうタイプの先生は一般的に自由化と言われるような方向性に対して生理的な嫌悪感も含めて、つまり実存の問題と利害の問題両方を含め持った反対をされているわけです。
この問題はある程度ソフトランディングをしないと難しいというのは、今教員養成課程が大学にあって、そこで教員になろうとしている熱意ある人たちというのは、一部は私から見て良いと思うんですが、1部は変な人もいます。変な人というのはどういうことかと言うと、心を込めて子供に当たれば心を開くと思い込んでいるとか、つまり金八先生になろうと思っている人間がいっぱいいるんですよ。実際に大学の教育学部の教育学科専攻の学生は、他の学生に比べて圧倒的にまずオシャレではないし、イモっぽいんですね。街で遊んだ経験もないし、南洋の原住民みたいな顔した女子高生を見たら絶対これは敵だと思っちゃうような(笑い)、そういうタイプの人達ばかりだったりするわけですから、単に競争にさらすだけではなくて、人材を養成するプロセスもある程度変えていかないといけない。先生になりたがる人間は、僕の父方も皆教員なんですが、いわゆる教員クサーイ奴がいるんですね。何かというと説教する。説教すれば伝わると思っているというような連中がいます。(笑い)岡田:パネラーの方々に一言ずつ「私はこうしたい」ということを決意表明していただいて最後に宮台先生にしめて頂きます。
白井:自分の目の前で子供たち見ていて、とにかくそれがつらいから、今出来ることをやろうということでしか動かない人間だったので、今もそういうふうに動いています。これから私がどういうことをしていくかは自分でも予想がつきません。私の夢はすべての子供たちにとって学校という場所が本当に楽しい場所、自分の幸せな人生を歩くためのベースになるような場所になってほしいということです。そのために私がやれることだったらなんでもやって行きたいと思っています。
先程も出ましたけれど価値観の問題は、学校とか先生とかの問題だけではありません。本当にすべての大人が、大人どうしでも、子供に対してもどういう見方をするのかということです。そういう人が評価されていく社会になるのかということが一番大事だと思っています。炭谷:すべての子供にとって良い教育はないと思います。いかに皆さんお一人お一人がそれぞれの子供の良さに注目して対応してあげることができるかということを心がけることが大事かなと感じております。
寺脇:誤解を恐れずに言えば、学校選択の自由の話が出ました。公立でそれをやるのはまずいと思います。今はまだそれをやる段階ではない。だからこういう私塾とかいろんな学校以外のものができてくる。実は大学に誰でも入れるようにした時にそういう不安がありました。皆小中高等学校に来なくなってしまうのではないかと。皆バイパスの方に行ってしまうのではないかと。といったら河合先生がおっしゃった。「バイパスに負けるような学校なら元々あったって仕方がない。学校からバイパスに行く子もいるかもしれないけど、全員がバイパスに行っちゃうような学校はいらんのだ」と。それぐらいの気概でいかねければならない。むしろ学校どうしの競争というのは官僚どうしの競争ですから、余り良い方法ではないです。官と民が競争して行く仕組みが今図らずも出現しているわけですからそのことを考えて行くべきだと思います。私はいろんな意味で役人以上のものではないし、役人以下のものではございませんので、本当の意味で今役人が果たすべき役割を果たして行きたいと思います。(拍手)
宮台:総括してしまうと責任が生じるので、それは避けて印象をお話させて頂きます。ここまでいろいろ教育実践をなさっている方がたくさん出てきて私も学校を作りたいという方がおられます。動機付けという話をしましたけれども、もっと分かりやすい話をすれば、例えば役人だからとか受験生だからということではなくて「おまえはどうなんだということに答えられる」つまりレスポンシブルであるような人間が尊ばれるような社会が来てほしいなということなんですね。これは子供だけの問題だけではもちろんありません。さっき白井さんがおっしゃったように大人の問題でもあります。自分は何々に属している。「俺は先生だぞ。先生の言うことが聞けないのか」という言い方ではなくて、「先生であるおまえは誰なんだ」という問いかけに答えられるような、役割の向こうに確かなタフな思想を持っているのかどうか。先生を定年退職されるとすぐにぬれ落ち葉かなんかになってしょんぼりしてしまうようなタイプの、何かに属していないと、教職員組合にあるいは職員室に属していないと、ちゃんと出来ないようなタイプの人間がこれからも繰り返し量産されて行くというのは今までは良かったですけれどもそれでは良くないです。所属を失おうがどこにいようが、どういう役割であろうかなかろうが、自分として自分は何なんだというものを持っていて答えられるような人間が必要だと思います。
寺脇さんは文部官僚になるはるか以前から映画評論家、それも日本映画、ピンク映画などを評論する評論家として名前が知られていました。私などは寺脇さんと座談会をしたというと「宮台さん、ピンク映画評論家の寺脇研さんと文部官僚の寺脇研さんとは同一人物なんですか」と聞かれることが何度かあったくらい、寺脇研さんは文部官僚であると同時に、向こう側にタフな実像を持っている1個の人間でいらっしゃるわけです。つまりそういう人間がどんどん増えることが重要です。ちょっと昔だったらそういう人間というのはエキセントリックだと思われてしまったかもしれないけれど、まさに今そういう人間が要求されていると思います。そういう人たちが力を発揮することが必要であるし、出来ればエキセントリックな方々かもしれませんが、それを温かく見守ってほしいなというふうに強く願うものであります。今日はどうもありがとうございました。(盛大な拍手)
[パネラー略歴]白井智子(しらい・ともこ)ドリームプラネットインターナショナルスクール校長
1972年生まれ。4〜8歳までを豪・シドニーで過ごす。95年東京大学法学部卒業後、松下政径塾入塾。小学校教育の改革をテーマに、国内外の小学校を訪れ、現地の児童教育のあり方を調査している。訪れた学校で、時にはちょっと大きな小学生となってクラスに潜入したり、講師になって授業を行なったり、また研修生として教育委員会で仕事をしたりと、様々な形で教育現場ヘアプローチし、研究している。その結果、教育はシステムだけでなく、現場の間題、という結論に至り、学校づくりを決意する。炭谷俊樹(すみたに・としき)ラーンネット・グローバルスクール代表
1960年生まれ。86年東京大学理学部物理学科修士課程修了後、マツキンゼー入社、企業コンサルティングに携わる。デンマーグ勤務時に現地の社会システムや教育に感銘を受け、帰国後、退社し、96年神戸に主として小学生を対象としたラーンネット・グローバルスクールを設立。“出る杭を伸ばす”をモットーに、ひとりひとりの長所を活かす教育を実践。今後の国際化社会に対応できるためのコミュニケーションカ、課題発見・解決力、創造性を重視している。寺脇研(てらわき・けん)文部省大臣官房政策課長
1952年福岡市生まれ。小学校4年生のときに、鹿児島市へ移り住む。地元のラ・サール学園を卒業後、東京大学へ。同法学部を卒業後、75年文部省に入省。職業教育課長時代に中学校での業者テスト追放の仕事に携わった。途中、福岡および広島県の教育委員会に出向。広島では教育長を務める。宮台真司(みやだい・しんじ)東京都立大学人文学部社会学科助教授 社会学博士
1959年仙台市生まれ。京都市に育つ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学教養学部助手、東京外国語大学講師を経て、現在、東京都立大学人文学部社会学科助教授。社会学博士。現代社会を、綿密な取材、持続的なフィールドワークによって分析している。主な著書に「学校的日常を生きぬけ」、「権力の予期理諭」、「透明な存在の不透明な悪意」、「終わりなき日常を生きろ」などがある。また近刊(予定)に「野獣系でいこう!!」、「美しき少年の理由なき自殺」、「よのなか2」などがある。