炭谷俊樹Blog

印象に残った物理学者

私は大学、大学院に進み、物理学者の卵になりました。
その頃に出会い、印象的だった二人の物理学者の話です。

 

一人はイギリスのステファン・ホーキング博士です。「車椅子の物理学者」として有名で、テレビなどにも登場されるのでご存知の方も多いのではと思います。ホーキング博士は筋萎縮性側索硬化症(ALS)という重病を患っており、自分だけで歩くことや、しゃべることができないのですが、宇宙物理の分野で先端的な研究をされていました。
私が彼に会うことができたのは、30年ほど前、京都で宇宙物理の学会が開かれた時です。

余談ですが、私は海外から訪れた別のアメリカの大学の教授をボランティアで成田空港に迎えに行き、京都まで送って行きました。その時に「新幹線の料金が高い」と言われ、「それはグリーン車(Green car)だからです」と英語で説明したのですが全く意味が通じず、怪訝な顔をされてしまいました。今思えば「First(1st ) Class」といえばよかったのですが、海外に行ったこともなかった私は知らなかったのです。お恥ずかしい話。

ホーキング博士は学会のメインの講演者でした。重病の彼が日本まで車いすでやってきて、自ら講演や質疑をこなすのです。殆ど動かない口で一生懸命にしゃべり、それを彼の言葉が理解できる助手が訳します。パーティーにも参加し、多数の人の質問に一人ひとりゆっくり丁寧に答えている姿に感動しました。飽くなき研究への情熱と、日本に来て色々見て話したいという強い好奇心を感じました。その彼が、今現在も研究の前線で活躍されているのです。想像するに、彼の強い情熱と生きる意欲が長寿につながっているのではと思います。

 

もう一人は小柴昌俊先生です。実は私は授業が嫌いで、ほとんどの授業に出席せず、面白そうな授業にだけ出ているような学生でした。その中でたまたま小柴先生の授業に出たのです。

彼は自分が計画している「カミオカンデ」の実験の話を語ってくれました。「多大な費用をかけて深い地中に穴を掘り、実験施設を埋め、宇宙から降ってくる見つけたい素粒子の観測をじっと待つのだぞ」という話でした。見つかるかどうかわからないものを多大な国家予算を投入してじっと待つという壮大なスケールの話に度肝を抜かれました。

小柴先生は体も声も大きく、すごく迫力があります。「この人は山師か天才かどちらかに違いない」と思いました。その講義から6年後、目的の素粒子(ニュートリノ)が観測され、そのまた15年後、先生にノーベル賞が授与されました。天才だったことが証明されたのです。

さらに小柴先生の門下である梶田先生もノーベル賞ということで凄いことになったものです。

 

こうして振り返ると、私は物理をやめてしまって長くたちますが、感動を与えてもらった人との出会いがあったことがわかりました。

皆さんは子どものころ、若いころに感動したことでその後も興味を持ち続けていること、あるいは影響を受けたことはありますか?よろしければお知らせください。